人はどのように「ウソ」をつくのか

 

人が嘘をつく理由は様々にあると思う。

 

 

 

人は、愛や憎しみ、欲に突き動かされて嘘をつく。

所謂、「自己保存」は自己愛の1つで、これが嘘をつく理由のトップであるのは間違いないです。

彼女に「どこいっていたの」と聞かれて、「後輩とキャバクラに行っていた」と答えてもいいですが、少し曲げて「後輩の相談に乗っていたんだ。結構落ち込んでてね…」と答えることもできますね?

 

 

 

2つ目の理由は「相手に対する思いやり」で、これも愛のひとつの形です。

「嘘も方便」というやつですね。

彼女に「このスカートお尻大きく見えないかな?」と聞かれて、「いや、そんなことにないよ…サイズが小さいんじゃないかい?」と気を利かせて言えます。

 

時には真実よりもウソを言う方が楽な時もあります。

これもある種の自己愛になります。

真実を言えば「自殺をした」になるけど、「病気でなくなった」とウソをつけば相手をむやみに困惑させて、気まずい雰囲気にさせるのも防げます。

 

 

 

一方で、そこに憎しみが渦巻いているウソもあります。

これは、愛によるウソと同じで、憎しみの対象は他人、外国、イデオロギーと様々です。

私のクライエントに、別居している旦那が金輪際、自分と娘の生活に関わって欲しくないという思いが強すぎて、旦那の虐待行為をでっち上げた女性がいます。

 

 

そして、私利私欲のためのウソもあります。

所謂、誇張する、見栄を張る…誰もがつくウソです。

 

 

 

 

 

 

 

一括りに「ウソ」と言っても種類は様々ですね。

 

 

しかも、真実と違うということが必ずしもウソとは限りません。

同じ物事に関して、二人の記憶がまるで違くて 、話が合わないというのがこれである。

真実ではないが、ウソではないということです、難しいですね笑

 

 

 

 

ちなみに、「シャドウイー・メモリー(記憶のぼやけ)」もウソのひとつになります。

これは、何かショッキングな物事や場面に直面すると、その時の記憶が曖昧になりうまく思い出せなくなるものです。

誘拐、レイプ被害者などに多く見られます。

 

もちろん、悪いことばかりでもありません。

例えば、空気の温度で、ふと、初めてスカイダイビングをした時の興奮がよみがえり、人に話したとする。

そこで話した事は現実以上かもしれないけど、本人にしたらそれが真実になるのである。

 

 

 

 

 

 

まとめとしては、理由がどうであれウソは必ずあなたのストレスになります。

家族、彼女、友人を守るためなど、どんなにかっこいいものでも、嘘に変わりはないからです。

ウソをつくのは脳の命令に背くことになるので、その不一致がストレスの原因になります。

 

 

 

 

 

臨機応変に使い分けることが必要ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

アイビーリーメソッド

 

 

これは前回書いた「時間の使い方」の続きみたいな感じなので、時間があればご覧ください。

 

 

 

 

 

 

アイビー・リーは20世紀に名を馳せた経営コンサルタントです。

後々「PRの父」なんて呼ばれます。

 

 

 

 

その彼が考案したのが「アイビーリーメソッド」です。

どんなものかというと、

 

 

・紙に明日やるべきことを6つ書く。

・その6つの中の、大事な物から順番に番号を振る。

・明日はこの順番に進めていく。

・終わるまで、次には進めない。

・終わらなければ、忘れる。

・その後明日のために、また新しく6つ書く。

・これを繰り返す。

 

というものです。

 

 

 

ToDoリストのひとつで、物事に優先順位をつけて、1つの作業が済むまで次には進まないということです。

 

私達は、本能としてたくさんの物事が同時に気になってしまう性質があります。

常に周りを警戒するためには、1つに集中するより、色々気にしていた方がいいからです。

これは食事、睡眠をしている中で外敵に襲われることのある自然界では大事なことです。

 

 

しかし、仕事や勉強に集中したい時には、こういう心理は足枷にしかなりません。

意識と無意識の間で常に動くので、潜在的に「あれが済んでない…」「これもまだ…」みたいな感覚が強くなり、どんどん脳は疲れていきます。

そして、物事の順序が混乱して結局全て手付かずになるのです。

 

なので、あらかじめやることを明確にしておくのがいいのです。

 

 

 

 

項目には悩まず、思いつくままにリストアップしましょう。

そして優先順位をつけて、その通りに進めます。

 

三番までしかできなくても、それ以降は忘れます。

アイビー・リーは積み残しを気にする人に、

「結果として、リストアップしたことが全て終わらなくても気にすることはない。あなたはその日一番大事だと思った仕事を済ませたのだから」

と語っています。

 

 

 

全部できなくてもいいのです。

また明日に向けたリストを作りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

「甘えること」と「頼ること」

 

 

 

この間バーで営業をしていたら、いつも来てくれる21歳でタメの女の子が私に相談をしてきました。

「甘えるってなに?どうしたら甘えれるの?」

そのときに話したことをまとめました。

 

あくまでも、私の意見ですが参考までに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

甘えれない人。たくさんいると思います。

そういう人は、だいたい過去にトラウマがあったり、家庭内で何か問題があったり、何かしらコンプレックス持っていたりします。

 

 

でも、あなたの周りにもいると思います。

甘えるのが上手な人。

なんだか気持ち悪いくらいうまいと思います。

それと同時に羨ましくも思ったり。

 

 

 

 

 

まず、念頭に「甘えるのは悪いことではない」というのを置いてもらいたいと思います。

色々思うところはあると思いますが、それは横に置きましょう。

 

 

 

 

 

それを踏まえた上で。

 

 

 

 

甘え方がわからない、どう思われるか怖い、みたいな感情が働いて、もうどうしていいのかわからない感じになってると思います。

それでも、「甘える」のが無理でも「頼る」、「お願いする」、「任せる」ということに挑戦してみたらどうでしょうか?

 

 

 

 

何が違うのかと疑問に思うと思うので、違いをわかりやすくしてみます。

 

頼る…自分にできないことをお願いすること

甘える…自分でもできることをお願いすること

 

 

 

背の高い人に棚にあるものを取ってもらったり、重たくて運べないものを持ってもらったり。

これは頼る事なのです。

 

夜中にアイスを買ってきてもらったり、掃除をしてもらったり。

これが甘える事なのです。

 

これを混ぜてしまうのはいけません。

 

 

 

もしかしたら、「結構甘えてたかも」なんて人もいるかなと思います。

それに、周りに気の利いちゃう人がいれば「これ、やっちゃうね〜」と言いながらいつの間にかやっていたりするものです。

 

 

 

 

 

 

 

「甘える」事は簡単なんです。

 

やればできることをやらないことで気持ちはざわつくと思いますが、甘え慣れてないからだと思います。

あなたが甘えても、誰かに文句を言われたりする事はありません。

 

 

どんどん甘えましょう、甘えられたらめいいっぱい受け止めましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

 

 

 

「それは一般論だ」と言わない

 

 

 

 

 

 

「それは一般論だよ、人によるでしょう?」

 

何か話し合いをしている時や上司、先生、親に怒られている時。

枕詞のように聞きます。

 

 

あなたも言われた経験はあると思います。

私も、育ての親によく言われたものです。

 

 

 

 

 

一般論は、辞書では「当たり前のこと」とあります。

私なりの解釈は、一般論は「自分の考えは一旦置いておいて、多くの人がそう思ったり、考えるような事柄」が所謂それだと思います。

個人の意見ではなく、世間の見解ということなのかなと思います。

 

 

 

 

 

 

例えば、あなたが何かを議論など話をしていて、「一般論」というのはおおよその目安、ものさしになると思います。

それを「一般論だ、うちは違う。」みたいな返しをされるとどうでしょう?

物事はそこで止まってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

私が思うに、知的な物事は全て「一般論」だと思います。

 

フェルマーの最終定理も地動説も全て一般論です。

「一般論」を述べる人も個人個人で見たら変わってくるし、例外があることくらいわかっています。

 

 

 

にもかかわらず、それを述べた人に対して「それは一般論だ、人それぞれでしょう?」とか「意味はないね。」という馬鹿丸出しの反論をしてくる人がいます。

というか、反論というより屁理屈に近いですね。

 

 

 

 

例えば。

 

私は「一般的に、女性は男性より論理的ではなく、感情的になりやすい。なので、女性はリーダーには向かない。大事なところで感情が入ってしまうからだ。」

という「一般論」に

「女性でもリーダーはいます。」

と、素っ頓狂な返しをしてくるということです。

 

そんな事はわかっています。

東京都の知事も小池さん、ドイツの首相もメルケルさん。女性でもリーダーはいます。

わかってる上での「一般論」です。

 

 

「ワタナベは身長180センチ。トムは167センチ。日本人もアメリカ人も身長高い人もいれば低い人もいるね。平均なんて意味ないよね?」という言動のおかしさを考えれば上の例えのおかしさもわかると思います。

 

 

 

 

 

 

 

全世界、様々な人がいる中で、「流れ」や「傾向」を把握するために、「平均」や「一般論」を考えて、例えにあげることに意味がないわけがありません。

 

「それは一般論だ」という返しをしてくる人は、「知的探究心に向かない人」と言っても過言ではないと思います。

 

 

 

 

 

 

「それは一般論。人それぞれ。」はタブーです。

もし、それを言ってしまっている人は控えましょう。

言われる立場なら、気にする事はないです。

 

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

 

批判はさせるもの

 

 

 

 

 

批判

《名・ス他》良い所、悪い所をはっきり見分け、評価・判定すること。 

 

 

 

 

ざっくり言うと、ここでは「人の器」についての話です。

 

 

 

 

日々過ごしている中で「批判」はどこにでも飛び回っています。

会社間、家族間、政治、SNS

もう、キリはないと思います。

 

ここで1つ言いたいのは、

「批判はさせるもの」

ということです。

 

 

 

 

 

世の中には批判をするのが好きな人は多いですが、されるのが好きな人は少ないと思います。

もしかしたら、あなたも批判をするのが大好きかもしれません。

気持ちはわかります、人の揚げ足は取りたくなるものです。

自分に有利に転がるならなおさら。

 

 

 

 

それはそれでその事実は受容していいと思います。

本題はここからです。

 

 

 

 

批判というのは、いつも変わらずベクトルが下から上に向かっているという事実にあなたは気がついていますか?

いつの時代も下々の者が、偉い人に向けて批判をするのです。

 

 

 

もちろん例外もあります。

政治をあげるとわかりやすいと思います。

私が言いたいのは日常生活で、ということです。

これはSNSをあげるとわかりやすいと思います。

 

 

間違っても器の大きな人は、自分から批判をすることはしません。

いつも批判される側なのです。

 

 

 

 

 

もし、あなたが1日1回は批判をしないと生きていけないのであれば、あなたは100%下々の人間です。

逆に、批判をされているのであれば、100%上側の人間です。

 

 

 

 

 

 

 

人として、人を上下で分けるのもどうかと思うし、キツい言葉で書きましたが、ここに議論の余地はないのかなと思います。

 

 

 

批判を受けている人は、批判させてあげる事によって、自分の成功を確認しています。

 

反対に批判をされていない人は何も挑戦をしていないという事です。

挑戦をする=批判を受ける

と同義に見ていいと思います。

 

 

 

 

 

批判を受けないという事はそれだけ退屈な日々を過ごしているという事だと思います。

挑戦して生きのある日々を過ごすというのは、自ずと批判をうけるものです。

 

 

 

 

 

 

念のため、誤解のないように書きますが、批判を受けるぐらいならこのままでいいというのも、立派な決断だと思います。

あなたの人生はあなただけのものです。

 

 

 

もし、変えたい、変わりたいと思ったなら日々に少しスパイスをつけていくといいと思います。

そう思った時点であなたは一歩進めていますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

興奮するのは、程度が低いから

 

 

 

出鼻から核心ですが、これから綴っていきたいと思います。

 

 

 

 

 

すぐ、カッとなって興奮する人がいます。

人を煽ったり、怒鳴り散らしたりする人です。

 

 

 

 

 

 

 

そういう人は、「低い」人です。

 

 

「低い」とは例えると

 

男性なら

 

社会的地位が低い

年収が低い

学歴が低い

身長が低い

 

 

 

女性なら

 

恋愛偏差値が低い

顔面偏差値が低い

知能指数が低い

 

 

などです。

 

 

 

 

 

 

いずれも、低い人はすぐに高い人を見てコンプレックスをこれでもかと剥き出しにして興奮します。

怒鳴り散らしたり、荒れたり、煽ったりするのです。

 

それは、周りを見れば一目瞭然かと思います。

 

 

 

 

自分の属する組織では最底辺だから、自分の事をよく知らない公共の場、SNSなどでは興奮して虚勢を張ってしまうのです。

 

 

 

 

 

あなたはどうですか?

 

 

 

すぐに興奮してしまうのは、何よりも自分は低い側の人間である事を潜在的に認めている事なのです。

さらにそれが自分のコンプレックスであればあるほど興奮します。

 

そして、自分は低いから許されるという甘えが心のどこかに芽生えてしまっているのです。

もしくは、背負っているものがないか、低すぎて、後先考えずに脊髄反射していると思います。

 

 

 

 

 

もし、あなたの近くにそういう人がいる、もしくはあなた自身がそうだ、と思ったならこれを心に留めておくといいでしょう。

 

怒鳴り散らし続けているうちに急逝しやすい

病気がちになりやすい

周りから誰もいなくなる

 

 

 

 

 

 

 

もし、周りにそういう人がいるのなら、勝手に自滅するので、同情の目を向けて放っておくに限るのです。

 

 

 

そして、もし、あなた自身がそうだなと思ったら。

一言、口に出す前に冷静に考えましょう。

脊髄反射で物事を話してたらどんどん後戻りができなくなってどんどん逃げ道を潰されてしまいます。

興奮してまくし立てる前に、それを言った時の周りから見える自分を考えてみるといいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

コミニュケーションの鍛え方

 

 

 

 

 

 

これは以前に綴った

 

 http://watanabe-psycho.hatenadiary.com/entry/2016/10/16/155041『意味のある「雑談」を』

http://watanabe-psycho.hatenadiary.com/entry/2016/11/07/093820『雑談で信頼を築く』

に繋がるものがあるので、よかったら是非。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今ではどこで何をするにも求められる「コミニュケーション」です。

学校生活、仕事現場では勿論のこと、プライベート、一人でいる時でさえ必要です。

ほら、お店でお買い物するのにも店員と「コミニュケーション」しなくてはいけません。

 

 

ですが、この「コミニュケーション」。

苦手な人がほとんどのように思います。

好きです、得意です、なんて人は中々いないと思います。

 

 

 

 

でも、これは簡単に克服できるものです。

腰を据えて、気持ちを整えて…なんてのは必要ありません。

普通に生活している中でほんの少し意識するだけでいいのです。

どんどん慣れて、成功した体験を積めば自信につながります。

すると、人間は楽しくなってくるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回はその慣れるためのちょっとしたテクニックを綴たいと思います。

あげるとキリがないので、今回は気軽にできるものを3つほど…。

 

 

 

 

まず1つめは「コンビニでお礼を言う」です。

 

 

お釣りを貰う時、レシートを貰う時、袋を手渡された時

そんな時に一言「どうも〜」、「ありがとう」みたいな具合でお礼を言ってみるといいと思います。

もし、「それでもハードルが…」なんて方は軽く会釈してみるといいと思います。

首を前に出す感じで…。

 

お礼を言われてマイナスに捉える人はまずいないと思います。

ましてや、コンビニ店員。普段お礼を言われることの方が少ないと思います。

「これなら簡単だよ‼︎」って方はそれを相手の目を見て挑戦してください。

これだけで格段に伝わるものが変わります。

 

 

 

 

 

 

2つめは「エレベーターで『何階ですか?』と聞く」です。

 

 

これは、エレベーターで乗り合わせた時に「何階ですか?」と聞いてボタンを押すものです。

すでにやってたりする人は「簡単じゃないの」と思いますが、ここ最近の時代背景もあって、知らない人に声をかけるのは中々難しくなっています。

 

入り口に立って、「何階ですか?」と聞く、簡単な所作ですね。

デパート、同じ職場のビル、同じマンションにいる知らない人を自分のファンにする、くらいの意気込みで、より好感度の高い声のかけ方を心がけてやって見ましょう。

 

 

 

 

 

 

3つめは「お会計の時に店員さんと一言話す」です。

 

 

 買い物やレストランなどに行った時にするお会計の時に会話を交わすことです。

最初は「ありがとうございます」、「ごちそうさまでした」くらいで大丈夫です。

それを慣れてきたら、一捻りしてみましょう。

 

例えば…

「ほんと、毎日きたいくらいです笑」

お土産店とかだと

「ここのじゃないと、みんな文句言うんです笑」

 

みたいな具合に。

この何気無い小粋な一言があるかないかでは相手への印象はかなり変わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は日々、誰かと関わって生きています。

雑談もとい、コミニュケーションは人同士を繋ぐ最初の橋になります。

コミニュケーションの積み重ねが、互いへの共感が生まれ、理解が深まり、信頼の土台になります。

 

どれだけ思いをわかってもらえるか、理解してもらえるか、心を許せるか、そう思ってもらえるコミニュケーションをとることであなたの日々は楽しく、そして豊かになると思います。

 

社会には色々な肩書きがあります、でも、それは狭い世界での話であって、結局のところ、最後は人間同士の繋がりの濃さがものを言うと思います。

この人なら信頼できそうだなと、そう思われる言動がとれる人を、見捨てる人はいないと思います。

 

 

 

 

今回はいつもと違う形で綴ました。

是非、あなたの日常生活で実践してみてください。

いつの間にか新しい景色を見ているでしょう。

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?