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観察をする事

 

 

 

 

心を読む、つまり「相手をよむ」という事。

 

これができれば何事においても、円滑に、そして先を読みながら動くことができます。

 

しかし、簡単に言ってもなかなか難しいものです。

 

 

 

 

 

心を読み解くには、「観察」がとても大事になると思います。

いわば、基本でありそれがすべてです。

 

 

 

 

 

 

 

 

相手を見て、表情、体の動き等に表れる変化を

読むことから始まります。

これは、目線、唇、眉、口角、姿勢、表立たな

い仕草等、ありとあらゆる方向から相手の情報

を得る必要があるのです。

 

 

 

 

 

 

しかも、それを「その人を見て一瞬で見極める」必要があります。

 

これから会う人の、性格、特徴、クセといったパーソナルな情報なんてなにもわからないからです。

 

なので、「その場での一瞬の観察で見極める」という事になります。

 

 

 

 

 

 

でも、それがうまくいかないと、予想しない方向に進んだり、思わぬ失敗をします。

 

逆に言うと

 

観察が完璧であれば、確実にうまくいく、成功するという事になります。

 

 

私が思うに、「受動的な観察」、所謂相手から発せられるモノも大事ですが、それだけではダメなのかなと思います。

 

 

 

 

 

一番大事なのは「能動的な観察」だと思います。

 

 

例えば、「自分から発した時の、それに対するリアクション」といったような。

 

 

「自分の投げたボールに、相手がどう反応するか」という情報の積み重ねが、その後に役立つデータとなるのです。

 

 

 

それを合わせながら、相手の心の中を読み解いていくのです。

 

 

 

 

 

 

でも、それに固執しすぎると、かえって怪しまれてしまいます。

 

相手は不信感を持ち、逆に警戒をされてしまうと思います。

 

 

 

最初から的を絞って、時間をかけずに、効率的に観察をすれば、相手のおおよそのパターン、傾向をつかめます。

 

 

 

 

 

皆さんも是非気にしてみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

人間関係を築いていき、それを円滑に進めていくにはこれが近道であり全てなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

疎まれるという事

 

 

 

 

 

 

 

普段の人との付き合いで、皆気を使っていると思います。

 

「疎まれる」

 

という事。

 

 

 

やはり、誰も周りから「嫌な存在」だったり「外される存在」ではいたくないと思います。

 

 

 

 

 

でも、時には「悪意がなくても」疎まれる時もあると思います。

 

 

 

すなわち、損な性格

です。

これから四つほどあげていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

まず、「いい子ぶる人」

 

やはり、意識してなくてもオーバーな仕草や行動は違和感になります。

相手に気を使っていい顔をしても、それほど好かれません。

 

 

 

 

次に、「意地っぱりな人」

 

意見が違った時に、相手の言う事をききいれずにがんこにいいはるひとです。

せっかくのいい意見も言い張ると、抵抗感を受けてうけいれられなくなります。

 

 

 

 

次に、「意志薄弱な人」

 

自分を持たないで、人に流されて、左右される、中途半端な人です。

悪意はないのに軽んじられ、尊重されません。

 

 

 

 

最後に、「いい気になる人」

 

つい調子に乗って、余計な一言を言ってしまったり、一方的に話しすぎて後味の悪い思いをする人です。

余計なことをして失敗します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初はよかれと思っての行動だと思いますが、やりすぎると相手に嫌悪感を与えてしまい、周りから孤立、「疎まれる」ということになると思います。

 

 

 

 

こういうことに気を使えると、毎日がよりスムーズに進むと思います。

 

 

意識するのは大変ですが、やってみてください。

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

平等という事

 

 

 

 

平等という言葉、よく耳にしますね。

 

 

 

[名・形動]かたよりや差別がなく、みな等しいこと。また、そのさま。「利益を―に分配する」「男女―」

 

 

 

なんて、辞書には書いてます。

 

 

 

 

でも、「平等」って何なのでしょうか?

 

 

 

 

私には「平等」をはき違えてる人が沢山いるんじゃないかなって思います。

 

 

 

 

例えば。

 

 

 

 

 

 

20歳と40歳を同じように扱うことが「平等」だと思ってる人。

その人は、優先座席でヨボヨボの老人が目の前に立ってても絶対に席を譲ってはいけないですよ? 

 

 

 

 

 

それがあなたの思っている「平等」なのです。

 

 

 

 

 

何が言いたいのかというと、

 

 

40歳には40歳の

 

20歳には20歳の

 

男性には男性の

 

女性には女性の

 

 

 

それぞれの扱い方があると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

見た目がいい人の外見を褒めて、悪い人の事は悪い言わないと、それこそ「平等」じゃなくなってしまうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうです。

 

 

 

みんな口を揃えて「平等」と簡単に言いますが、これはとても残酷なことなのです。

 

 

「平等」に扱う事はとても残酷なことなのです。

 

 

 

 

 

 

 

今一度「平等」について考えてみてください。



 

 

 

あなたはどう思いますか??

感謝をするという事

 

 

 

 

「感謝」

 

 

接してる相手、物に対してお礼をすること。

 

ありがとう

 

いただきます

 

ごちそうさまでした

 

 

 

 

感謝をされるとどうだろう?

気分が悪くなる人なんていないですよね?

 

 

お礼を言われて、怒られたり、睨まれたり、舌打ちされたりなんて事はないですよね?

 

 

 

必ず相手は気分が良くなります。

そうすると、自分も気分が良くなります。

 

 

 

 

私はマクドナルドでも、「ごちそうさま」。

コンビニで缶コーヒーを買ってお釣りをもらうだけでも、「ありがとう」と言います。

 

 

 

挙げればキリはありませんが、とにかく「感謝」を自分の口から言います。

 

 

 

 

 

それは、私が

「丁寧で優しい、中身の出来た人間」

だからではありません。

 

 

 

 

 

そんなものは全く関係なく、私は、

 

「自分が社会の中でいい気分で過ごすには、他人をいい気分にさせるのが最大の近道」

 

という、きわめて利己的な理由を持っているからです。

 

 

 

他人を「いい気分にさせる」と必ず戻ってきます。

必ずです。

方向性、形は違えど、戻ってきます。

 

 

「情けは人の為ならず」と言いますが、まさにそれ。

 

 

 

 

「感謝を口に出す」

 

こんなに小さなことでいいんです。

 

コンビニでお釣りをもらった時。

 

牛丼チェーン店で店を出る前に。

 

 

 

自分の生きる時間を楽しく、過ごしやすくするにはこれが一番手っ取り早いのかなと思います。

 

 

 

 

 

明日から心がけてみてください。

 

 

 

 

いつの間にか180度変わった世界観になると思います。

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

 

幸せの在り処

 

 

 

「幸せ」

 

英語では

 

「Happiness」

 

 

辞書を引くと

 

 


し‐あわせ〔‐あはせ〕【幸せ/仕合(わ)せ/×倖せ】

 

[名・形動]《動詞「しあ(為合)わす」の連用形から》


1 運がよいこと。また、そのさま。幸福。幸運。「思わぬ―が舞い込む」「―な家庭」「末永くお―にお暮らしください」


2 めぐり合わせ。運命。「―が悪い」
「道がわかんねえで困ってると、―よく水車番に会ったから」〈有島・生れ出づる悩み


3 運がよくなること。うまい具合にいくこと。
「―したとの便りもなく」〈浄・博多小女郎〉


4 物事のやり方。また、事の次第。
「その科 (とが) のがれず、終 (つひ) には捕へられて此の―」〈浮・一代男・四〉

 

 

 

と、辞書には書いてあります。

 

 

 

 

こんな難しいこと言われても、よくわからないですよね?笑

 

 

 

 

「幸せ」とは自分の匙加減でどうにでもなります。

私達はありふれた事からでも「幸せ」を感じれる事ができるのです。

 

 

 

 

例えば

 

 

毎日布団に入って寝れる。

 

ご飯を食べれてる。

 

自分の事を話せる友人がいる。

 

挙げればキリはないですね。

 

 

 

 

では、逆に、今の自分が「不幸」だなと思ってる人。

 

 

少なからずいると思います。

 

 

今の自分が嫌だ。

 

ここから消えたい。

 

いなくなりたい。

 

死んでしまいたい。

 

 

 

だから、そんな人は「幸せ」のハードルを下げてみるといいと思います。

 

ありふれた幸せから逃げて不幸になろうとする意味はどこにもないからです。

 

 

 

 

 

 

そうやって自分を傷付ける事で、自分の不幸を実感して、それに浸る人がほとんどなのだと思います。

 

 

 

見える場所に傷があれば、誰かが心配して同情をくれると思い、自分から不幸に片足突っ込んでしまっている状態。

 

 

その「誰か」もそこまで受け止める気がないから、結局また1人。

 

 

そして、後戻りしようと思った頃には、大概もう手遅れだったりします。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分にとっての「幸せ」が何なのか今一度考えてみてください。

 

 

 

 

わからなければ、僕の所に来てください。

 

責任もって見つけましょう。

 

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

鏡の法則

 

 

 

鏡の法則」というのがありますね?

 

 

 

 

 

鏡とは、自分を移してくれる道具です。

 

 

 

 

これは、人付き合いでもおなじで、自分のした対応はそのまま自分に返ってくるものです。

 

 

 

壁にボールを強く投げたら、強く帰ってくるのと同じですね。

 

 

 

 

 

 

客商売なら尚更のことで、

 

お客さんに対して感謝している人には、自分の相手をしてくれる事に感謝するお客さんがつくものだと思います。

 

 

 

 

一方で

 

 

 

お客さんのことを見下している人にはそこで働く人を見下すお客さんがつくと思います。

 

 

 

 

 

どの世界でもそうだと思います。

 

 

友人同士

 

恋人同士

 

 

兄弟姉妹

 

 

 

私ならバーテンダー

 

接客

 

キャバクラ

 

風俗

 

 

 

すべてそうだと思います。

 

 

 

 

 

これが「鏡の法則」というものです。

 

 

 

優しく相手に返してみましょう。

 

 

自然と相手の対応もかわると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたはどう思いますか?

自分を表現する事

 

 

 

私は、バーテンダーをやっています。

 

 

 

私の年齢的に、やはりお客さんには若い人が多いです。

 僕と同世代の方々。学友等ですね。

 

 

 

 

 

 

 

なので、「親の愚痴」をよく聞きます。

 

 

子供の言い分だけ聞くと「そりゃ歪むなぁ」ってことが多々あったり…。

 

 

でも、その前に「あなたはちゃんと自分の義務を果たしてる?表現をしました?」と聞くと「していない」と答えるのがほとんどです。

 

 

 

 

 


では、なぜ、「表現」がなぜ義務なのか。

 

 

 

 

 

 

親が、子供を受容するということは、半ば義務だと思います。

 

 

子供が、親に表現することは「理解されたい」と感じた時に生じる義務であって、これはその他の人間関係にも通じます。

 

 

親に対して「理解されたい」と感じるのは必然的なので、義務も必然的に生じる訳です。

 

 

理解されたくない人はそのまま生きていくしかありません。

 

 

 そうやって生きていくのは、とてもじゃないけど不可能なので。

 

 

 

 

 


でも、親も人間で、子供を全て受容できるかというとそれは中々難しいです。

 

 

だから子供は親に「表現する」という責任を負うのです。


それが、親の庇護の元に生きるのならなおさら。


色々、物事を理解できる年齢になって、表現もしないのに、「分かってもらえない」なんてのはただの甘えだと私は思います。

 

 

 

 

理不尽に否定された時に反抗するべきであって、頭ごなしに反抗してたら成り立つものも成り立ちません。

 

 

 

 

 

まずは、自分から勇気を出して「表現する」事をしてみてください。

 

それは親のみならず、友人関係でも、何事でもそうです。

 

 

 

勇気がいることなのはわかっています。

否定されるかも知れません。

 

 

 

 

 

でも、自分から動かないと事ははじまらないのです。

必ず、受け止め、支えてくれる人がいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いなければ、私のところに話にでも来てください笑

 

 

 

 

 

あなたどう思いますか?